newNAPPAFUKUー16(20210615)

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定時制高校時代のこと

 

写真:文中に出てくる「8PW1ゲンコツ」と「C-5」(写真はwebから借用しました)

 

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アカイ Ç-5 (モーターはバリアブルスピード型)

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 定時制高校の修業年限は4年、通常の高校(昼間3年制高校)からすると1年長い。「昼働いて夜勉強する」というと聞こえは好いが、実態は食い扶持を得るため、家計を助けるために働き、学資も自分で稼ぎ、夜に学校へ来ても昼間の疲れで授業中は居眠りといった状態であった。入学した当時はクラスに60人以上在籍していたが、半年もたたない間に45人ほどに減ってしまった。続けることが難しくなったのかもしれないが、会社に内緒で学校に来ていた人たちもあり、時制高校へ行ってることがばれるとクビになると言われた時代であった。私の場合は、求人条件に「定時制高校通学可」とあって幸い会社に理解があったのでクビになることはなかった。

 そして4年後に卒業したときには30数人と入学時の半分に減っていた。年齢層も上は25歳くらいのクラスメートもいた、職場もさまざまで、個人商店もあれば大きい会社や百貨店、病院などいろいろであった。また地方から京都に就職して1年遅れで入学した友、夜間中学から進学してきた友もあったが、皆同じような境遇だったので学校で顔を合わすのが楽しみであった。

 

 文化祭には4年間クラスで参加した、演劇2回、合唱2回の参加でクラスも盛り上がった。演劇には達者な級友がいて、スタッフ、キャストともメンバーがそろっていた、私は4年間クラス代表だったので総監督に、クラス全員が出演できるようにと考え、中学時代に習った舞台装置つくりに腕を振るったり、舞台裏でセリフの声掛けや擬音操作もやったのが楽しい思い出である。

 

 確か4年生の頃だったと思うが、ホームルームの時間にLPレコードコンサートをやろうということになり、自作のアンプとプレーヤを持って行った。スピーカは放送部から借りたが、その頃ゲンコツの愛称で親しまれた「8PW1」であった。プレーヤは「アカイC-5フォノモータ」を使った自作プレーヤ、プリモ(?)アームとクリスタルカートリッジ、アンプは自作6V6シングル、LPレコードはクラシック通のSH君(3歳ほど年上)が持ってきてくれた、曲目は確かトスカニーニベートーヴェン「運命」だったような?まだモノラルの時代であった。「醍醐LPレコードコンサート」の原点がここにあった。
 

 振り返ってみるとこの4年間はしんどかったが充実した時期でもあった。クラスメートたちは仲良かった、在学中に結婚した女子があり目出度い話がある一方、退学者あり、在学中に自殺した友あり、卒業後すぐに病死した友、行方不明になった友、遠方へ転勤した友などいろいろなことがあった。
 そして、今日まで仲良くしている級友が10人ほどあるが時おり旅行や食事会を催したりして旧交を温めている。年老いても親しくしているのはありがたいことでこの時代の仲間は一生の友になっている。