new NAPPAFUKU-28 (2020527)

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<少し長い文になります>

倒産物語③I社

 この物語は私個人の見解(見たり聞いたり考えたりしたこと)ですので、失礼があればご容赦ください。

 ここでの問いかけは「倒産もプログラムしてきたのか?」

自分の「人生のプログラム」があるとすれば、他者にもあると思うのだが、はたして?

 

 倒産物語③I社

 私とも親しくしていただいたき、業界でも一緒に活動したこともある京都のベンチャー企業I社があった。当時、企業経営指導している有名経営コンサルタントがあり「ベンチャー企業(中小企業)は1点集中、キリでもむように小さくても深い穴を掘れ!」とゲキをとばしていた。業界の講演会で話も聞いた。そして、いくつかの企業がその指導を受けていたようであった。
 私は先輩の教えで三分野主義だったので。「一点集中」(一分野主義)は危険だと思ってその話には乗らなかったのだが。

 

 I 社長は大手企業O社出身のれっきとした技術者で、私から見れば、とてもうらやましい経歴と立場の方であった。マイコンブームと言わたころ、 I 社の技術は優秀で、わが社とは競合は無かったが、技術レベルは一歩も二歩も先に進んでいた。
 同社の素晴らしい技術で開発された良い製品が市場に送り出され、その中にマイコンシステム開発に必要な開発支援装置を開発されてヒット商品になった、わが社もその装置を買って応用製品開発をした。

 

 おそらくこの開発支援装置が優秀で良く売れたのだと思うが、他の仕事を止めこの装置に「1点集中」してしまったようだった。ある時輸出で大量注文が入ったと大喜びされていたのを思い出す。が社内では「1点集中」賛成・反対が対立し、反対した技術責任者が辞めてしまったとの噂が伝わってきた。


 その後の経過はよくわからないが、他社から資本提供を受け、I社長は引退、出資先の会社から社長他役員が派遣されてきた。
 そして「一点集中」が崩れる時が来た。この開発支援装置は優秀だったが、競合品が続々出てきて先発・後発に交じって大手メーカも乗り出して競争激化となった。貿易関係もそれきりになったようで後が続かなかったのかもしれない。それでまたたく間に経営破綻したようだった。

 振り返ってみると当時この「1点集中」で倒れたと思われるベンチャー企業があと3社あったのは誠に残念に思う。技術が優秀だっただけに惜しまれるが、これも技術先行型ベンチャー企業の弱点だったと思う。

 

 後日談、同社の別会社であったソフトウエア会社は、ゲームソフト開発で現在も大活躍している。また、技術者が別会社を立ち上げ現在も活躍している、これらの会社は今も立派に経営されているのは素晴らしいことである。

 

あとがき

 倒産物語は後いくつかあるが、これまでの三例で一旦幕を閉じます。不遜な言い方かもしれないが、人間が生まれたら死に向かって生きているのと同じように、企業の大小にかかわらず創業(生)すると倒産(死)に向かって活動しているようなものである。しかし、企業は若返ることにより継続することができる、人間も親から子へ、子から孫へと命の系譜をつなぐように、この「若返る」ことの中に長寿企業の秘密があるように感じる。

 「人生のプログラム」の中にこの「倒産」をプログラムしてきたのか?については、現実に倒産が起っているから、プログラムしてある、と考えなければならい。しかし、それはメインルーティンではなく、あるサブルーティンに迷いこんだ(紛れ込んだ)ときに倒産に至るのではないかと思われる、なぜなら、倒産しないで立派に活躍・継続している企業も沢山あるからだ。また、倒産の危機に陥っても見事に立ち直る企業も沢山あるからだ。これは倒産のサブルーティンを見事に抜け出してメインルーティンにもどることができたのだ。

 また、倒産すると別の企業の誕生を促すことも見てきた。これもプログラムの内にありそうで「俺が倒産するから、それを教訓に起業し、失敗を恐れないで果敢に挑戦しろ!」とプログラムしてあるのかもしれない。